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第21話 プリムローズヒルの親子 [ロンドン]

昔は丘の上にはベンチが1,2個、舗道沿いにあるだけだったが、今はかんたんな見晴らし台のようなものができ、そこにいくつかのベンチが配されていた。当然今日もそのベンチは若いカップルや老人夫婦で埋まっている。周囲の芝生では子供連れの家族が遊んでいた。そんな光景を見た後、私は立ち止まり後ろを振り返った。抜けるような青空ではないが、ロンドンらしい青空の下にはポストオフィスタワーが見えた。昔はなかったビルもいくつか見えるがロンドンらしく空気が霞んでいるせいかセントポール寺院やロンドンアイは確認できない。それでも私は感動していた。ついに帰ってきたという気持ちである。大きく深呼吸をする。恋焦がれていたロンドンの空気で私の肺は占拠された。
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奥さんは若いお父さんにとともに公園にきていた2,3歳の女の子にカメラを向けている。お父さんは奥さんがカメラを向けても何もいわない。実際滞在中、ロンドンの別の場所で子供の遊んでいる乗り物のおもちゃがユニークなのでカメラを向けると遠くから「ノーカメラ!」と叫ぶ親に遭遇したことがある。お前は何者か、有名人か、だいたい貴様の子を撮っていたのではない。貴様のガキの持っている乗り物に興味があるだけだ。といいたかったがやめたことがある。その親に比べれば大きな気持ちをもった立派なお父さんである。女の子の弟と思われる子はベビーカーに座り活発なお姉ちゃんを見てベビーカーが揺れるぐらい大笑いしていた。お父さんはベビーカーがひっくり返らないようにおさえながら、女の子の動きも追わなければならない。もしかすると「ノーカメラ」などといっている余裕がないのかもしれない。突如女の子が丘をかけおりだしたらどのように対処するのだろうか。しかし気になるのはこのお父さんの連れ合い、つまり奥さんは何をしているのだろう。善意に解釈すれば「ランチを作っている間、お散歩にいってらっしゃい」といわれたのだろうか。悪意に考えれば「日曜日ぐらい子供の面倒みてちょうだい」と家を追い出されたのだろうか。人がよさそうだし気があまり強くなさそうなお父さんだから後者かもしれない。
女の子はカメラを向ける見慣れぬ東洋人の奥さんの前でも臆することなくポーズをとったり、奇声を発してカメラの前を行ったりきたりしている。私も奥さんも、そして若いお父さんも気づいていたようだが、女の子の動き回る芝生に明らかに糞と思えるこげ茶色の物体が転がっていた。幸い女の子がそれを踏みつけることはなかった。でも一瞬女の子の足元がもつれ芝生上に仰向けに倒れこんだのである。しばし時が止まり、次の瞬間女の子は泣き叫びだした。お父さんがあわててかけより抱き起こす。女の子が倒れこんだ数センチ横には糞があった。彼女は運をつけそこなったのかもしれない。
せっかくポーズまでとってくれたのに、丘をくだりながら奥さんのデジカメを確認すると女の子の映像はまったく写っていなかった。かつてのフィルムカメラのように帰国後現像して初めて写っていないことを知るのと、いい写真が撮れたと思って直後に確認すると写っていないことがわかるのと、どちらのショックが大きいだろうか。私たちは丘をおりて公園の出入口近くのベンチに腰掛けしばし時間調整をした。目の前にあるプリムローズヒルの丘の上に今度はいつ立つことができるだろうか、目の前を行き来する何匹もの犬に愛想をふりつつ私は考えていた。

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