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第45話 川に携帯灰皿を落とす [コッツウオルズ]

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朝食前、奥さんの一服につきあって外に出る。奥さんは日本から持ってきた折り畳み傘を手に、私は今回の旅に傘を持参していなかったので手ぶらだった。絶え間なく雨は落ちていたが大粒ではないし、しとしとというまでもいかない程度の降り。雨に濡れている気はしないが、しばらく歩くと髪や服が湿っぽくなっている、一番厄介な降り方といえるかもしれない。川べりの公園には誰もいない。当然いかなる店もオープンしていないから舗道を歩く人影もない。ゆったりと流れる小川の音と朝早くから川下りを楽しむ鴨の鳴き声が時折きこえてくる。静寂という言葉がこれほどマッチする村は世界のどこにもないに違いない。
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小さな橋を渡り、私たちが宿泊したホテルが正面に見える川沿いの舗道で立ち止まった奥さんは、ポーチから煙草をとりだしライターで火をつけた。煙草を吸わない私にはわからないが、空気の澄んだ、こうした場所での一服は、ホームの端の喫煙スペースで吸う煙草よりはるかに美味しいのだろう。住人の迷惑、環境問題などをまったく無視できればの話だが。「あっ」という声を奥さんが発した。昨今のヨーロッパには煙草を吸える場所は皆無に等しいという私の脅し文句を信じていた奥さんは、今回の旅行に携帯灰皿を持参していた。外で一服するときはその携帯灰皿を利用していたのだが、どうやらそれを川に落としたらしい。幸い携帯灰皿は川底に沈むことなくなんとか浮いている。また川の流れがゆっくりなので下流にどんどん流されるということもない。奥さんは私に助けを求めているようだった。私は奥さんの持っていた傘を奪い取り、傘を裏返して川に差し入れた。ドーム状となった開いた傘の内側で川の水とともに携帯灰皿をすくいあげようという作戦である。ところがだ、緩やかに見える川の流れも意外と強い。傘が裏側に水が入ると傘がどんどん流されるのがわかる。さらにこのまま川の流れに身をゆだねると傘の骨が折れることは間違いない。私は傘の内側にたまった川の水を落としながら傘を川から引っ張りあげた。
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携帯灰皿はあきらめるしかない。これを機に煙草をやめればいい。と私は言った。しかし奥さんはあきらめない。靴も靴下も脱いで川に入れば容易に取ることができることはわかっている。しかし灰皿ごときをとるために私がそんなことをする必要もない。まして川に入り込んでいる私を住人に見つけられたら、東洋人が鴨を生け捕りにしようとしていると通報され逮捕されて国際問題に発展する可能性もある。私はもうこれ以上何もしませんよという意思表示をした。すると奥さんは少し下流に行き川べりにしゃがみこんだ。どうやら川の中に手を突っ込み流れてくる灰皿をキャッチするつもりのようである。川べりの舗道と川の間は少し傾斜しているので安定が悪い。奥さんは片手を差し出し私におさえていてという。どうやらバランスを崩して川に転落することを防ぎたいようだ。それとも川に落ちるときは道連れにしてやるという魂胆だろうか。差し出してくる手を払いのけ、しゃがんでいる奥さんを軽く足でければ彼女だけ川に転落させることもできる。転落しても深させいぜい30センチ。溺れ死ぬこともない。そんな衝動にかられながらも私は奥さんの手をしっかりと握っていた。
川の中ほどに流されることもなく、なんとか手の届く川べり灰皿が流れてくる。これを逃したらあきらめるしかない。絶妙のタイミングで奥さんは川に手を入れた。そして奥さんは大事な携帯灰皿をキャッチしたのである。私たちは鴨の密猟者の嫌疑をかけられ、地元警察署で冷たいパンと牛乳を食べることもなく、ホテルで豪華な朝食にありつけることとなった。水辺で大事なものを扱うときは細心の注意を払うべきできである。私たちがボートンオンザウオーターで学んだ教訓である。

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