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第63話 バンパーはぶつけてナンボ フランス人化する私  [リヨン]

私はこの車は壊れているに違いないと思った。事務所にどなりこんでやろうかとも考えたが、その前に私のギアの入れ方が甘いのではないか、それとも操作が誤っているのではないかとも思い、奥さんに誰か車のわかりそうな人を駅前から連れてきて欲しいと無理難題を押し付けたのである。奥さんは何といえばいいのかなどとブツブツいいながら駅の方に向かって歩いていった。彼女がもどるまでの間も私は何度かチャレンジしていたのである。追突しているのと同じだから、当然そのたびに前の車は、少しづつではあるが前方に押し出されていたに違いない。外気は冷たいが私はあまりの暑さにジャケットも後方に脱ぎ捨てオペル相手に悪戦苦闘していたのである。何度もぶつけるうちに私はすっかりフランス人になっていた。前の車にぶつけても動揺はない。バンパーはぶつけるためのもの、そんな意識になっていたのである。
もっと若くて背が高くイケ面男を連れてくると思ったが、奥さんは意外と小柄なお兄さんと戻ってきた。何でも彼はタクシードライバーとか。駅前で客待ちする運転手さんに困っていることを伝えると、仲間の運転手さんから、お前の車は見ておいてあげるから行って助けてこいと送りだされたそうである。奥さんがそういっているのであって真実はわからない。まあプロだから問題を解決してくれるだろうと私は彼に身をゆだねた。
彼は運転席側のドアをあけ、私を運転席にすわらせたまま車内中央のギアを覗き込んだ。オペルは運転したことがないのでわからない。多分そういっていたのだろう。次に彼は車の外でしゃがみこみ、ギアを横から見た。するとあるものを発見したのか、シフトノブの下部を指差したのである。そこには小さなボタンがあった。これを押しながら図の位置にギアを移動させればバックギアに入るということなのか。すぐに私はボタンを押しながらギアを操作した。確かにこれまでにない感触でギアが入った。運転手さんが見守る中、私はエンジンを始動させバックを試みた。するとどうだろうオペルは見事に後方に移動し前の車から離れていったのである。私が車からおりて彼にお礼をいうと彼はニコニコしながら自分の車が停まる方向に歩いていった。小柄だと思った彼の背中が大きく見えたのは気のせいだろうか。
その後の彼の動向を私たちは知る由もない。彼の車が「車をみていてあげる」といった仲間のドライバーと親しいマフィアによって乗り逃げされ、その後海外もしくは国内中古車市場に転売、彼は車を持たないペーパータクシードライバーになってしまった可能性もある。せめて今日のランチ代ぐらいのチップをお礼として差し出すべきだったのではないかと後悔したが、彼から法外な損害賠償を求められる前にこのリヨンの街を立ち去ろうと私たちはニュイサンジョルジュに向けてそそくさと出発したのである。さらばリヨン! 開けたウインドウから入り込むリヨンの冷たい空気が冷や汗を流した後の私には心地よかった。
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