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第15話 レミゼラブル(ああ無情)後編 [ロンドン]

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小さな舞台に大掛かりなセット、大勢の役者がその中で演じ歌う。彼らが舞台上を移動するたびにその足音が生音で観客の耳に飛び込んでくる。これが舞台演劇の醍醐味なのだろう。奥さんはレミゼラブルを読んだことがあるといっていたが、恥ずかしながら私はアンルイスのああ無情は知っていても本物のレミゼラブルのストーリーは知らない。舞台上の役者の歌詞も当然理解不能。他の観客が笑っても何を笑っているのかもわからない。大音響とともにステージ上で役者が動き回っているうちはいい。しかし、動きのない静かな場面になると耐えられない。日本時間でいるとすでに夜明けに近い。眠くなって当然である。100ポンドの子守唄をききながら寝入ってしまうのである。そして大きな音で我にかえる。そんなことを繰り返しているうちに舞台が役者たちでうまり、歌声も大きくなり、観客の大喝采とともに幕が下りた。時計を見ると9時に近い。予想より1時間も早いし、正味1時間半も観ていない。これで100ポンドはぼったくりといえるかもしれない。しかし、これからアンコールがあって何度も幕が開くに違いない。それも観劇の延長線上で楽しみのひとつなのだろうと想像していた。ところがである。幕がおりたとたん観客は一斉に席を立って惜しみない拍手をするのかと思いきや、我先に出口方面に向かうのである。これでお仕舞い?もう幕は上がらないの?ステージと観客とのコミュニケーションは?私たちも席を立ち出口に向かった。劇場内のパブはアルコールを頼む観客でごったがえしていた。どうも腑に落ちないが劇場の正面玄関から退場する人も多い。本当に終わったのだろう。これが英国流なのかもしれない。私たちは自分に言いきかせて劇場を離れた。
ミュージカルや演劇にはほとんどの場合インターミッションといわれる休憩がある。20分程度のその時間に外へ出て一杯やる人もいる。そのことを私たちは忘れていた。もちろんストーリーを知ってさえいれば、これで終わりのわけがないと確信できたはずである。休憩時間が過ぎても席に戻らない私たちをいいことに、奥さんの隣に座っていたロンドン南部からきたお嬢は、私が座っていた少しは中央よりの舞台がみやすい席に移動して鑑賞できたことだろう。そして後ろの英国人カップルは、「前に座って居眠りしていた東洋人たち、内容がわからないから帰っちゃったよ」と嘲笑していたに違いない。
この世で二度と会わないであろう彼らが何を噂しようが関係ない。私たちは今宵のディナーにありつけるレストラン発見に向けソーホーの暗闇に消えていったのである。

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