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第16話 ロンドンの朝 ポールニューマン死す [ロンドン]

昨夜はソーホーのイタリアンレストランで豪華なディナーをとり、人通りもまばらになったオックスフォードストリートを歩いてホテルに戻り、ベッドに入ったのは1時を過ぎ。しかし6時半には目が覚めた。外の明るさが気になったのではない。外はまだ真っ暗だ。時差ぼけもない快適な目覚めだった。やはりロンドンの空気は私に合っているのだと感じずにはいられない。奥さんもすぐに目覚めたが、これまた不快感はないようである。
テレビをつけるとなんと私の好きな俳優のひとりであるポールニューマンの死を知らせるニュースが映し出されていた。週末だからだろうか、それともポールニューマンが英国においてもかなりの人気者だったのだろうか、同じニュース、同じ映像が何度も何度も流れている。ロバート・レッドフォードと競演した「俺たちに明日はない」。中学生のとき鎌倉の映画館で観たが、「俺泳げないんだ」というロバート・レッドフォードを大笑いしながら追っ手から逃れるべく一緒に滝壷に飛び降りるシーン、警察に取り囲まれて死を覚悟した二人が一緒に外へ飛び出し、四方八方から銃弾を浴びるシーンを徐々にカメラが引いていくエンディングのシーンは今でも鮮烈に私の脳裏に焼きついている。これまたロバート・レッドフォードも出演していた「スティング」は、あのメロディーも印象的だったし、ラストシーンは本当に痛快だった。最近では、息子のように可愛がっていた男に殺されるマフィアのボス役を演じていた「ロード・トゥ・パーディション」、殺す側のトム・ハンクスがミスキャストではないかと思えたが、ポールニューマンは相変わらず渋い演技だった。彼の死をロンドンで告げられるとは。きっと日本では今夜から来週にかけて追悼番組として彼の作品が何本か放映されるのだろう。
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8時過ぎに階下のレストランでの朝食のため部屋をいったんでたが、その時点でも窓の外は薄暗い。ホテルだろうが旅館であろうが、旅先での朝食は楽しみのひとつである。ロンドンの宿泊ホテルはビュッフェ形式で、卵料理やウインナー・ベーコンなども選べるし、生野菜もフルーツも豊富だった。好きなものを好きなだけ食べられるわけだが、ときどき、ここぞとばかりに皿を山盛りにしてはみたものの、結局食べきれずに残していく非常識な人を日本でもみかける。しかし外国人の中にもその類はやはり存在した。皿に多種多様な食料を山のように盛って席に着く中東周辺から来たと思われるビジネスマン二人。朝からあんなに食べるのかと思っていたら案の定、彼らが去ったテーブルには食べ物が山のように残った皿が置かれていたのである。朝食代を払っているのだからどんなに残すが関係ないという思想なのかもしれない。

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第15話 レミゼラブル(ああ無情)後編 [ロンドン]

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小さな舞台に大掛かりなセット、大勢の役者がその中で演じ歌う。彼らが舞台上を移動するたびにその足音が生音で観客の耳に飛び込んでくる。これが舞台演劇の醍醐味なのだろう。奥さんはレミゼラブルを読んだことがあるといっていたが、恥ずかしながら私はアンルイスのああ無情は知っていても本物のレミゼラブルのストーリーは知らない。舞台上の役者の歌詞も当然理解不能。他の観客が笑っても何を笑っているのかもわからない。大音響とともにステージ上で役者が動き回っているうちはいい。しかし、動きのない静かな場面になると耐えられない。日本時間でいるとすでに夜明けに近い。眠くなって当然である。100ポンドの子守唄をききながら寝入ってしまうのである。そして大きな音で我にかえる。そんなことを繰り返しているうちに舞台が役者たちでうまり、歌声も大きくなり、観客の大喝采とともに幕が下りた。時計を見ると9時に近い。予想より1時間も早いし、正味1時間半も観ていない。これで100ポンドはぼったくりといえるかもしれない。しかし、これからアンコールがあって何度も幕が開くに違いない。それも観劇の延長線上で楽しみのひとつなのだろうと想像していた。ところがである。幕がおりたとたん観客は一斉に席を立って惜しみない拍手をするのかと思いきや、我先に出口方面に向かうのである。これでお仕舞い?もう幕は上がらないの?ステージと観客とのコミュニケーションは?私たちも席を立ち出口に向かった。劇場内のパブはアルコールを頼む観客でごったがえしていた。どうも腑に落ちないが劇場の正面玄関から退場する人も多い。本当に終わったのだろう。これが英国流なのかもしれない。私たちは自分に言いきかせて劇場を離れた。
ミュージカルや演劇にはほとんどの場合インターミッションといわれる休憩がある。20分程度のその時間に外へ出て一杯やる人もいる。そのことを私たちは忘れていた。もちろんストーリーを知ってさえいれば、これで終わりのわけがないと確信できたはずである。休憩時間が過ぎても席に戻らない私たちをいいことに、奥さんの隣に座っていたロンドン南部からきたお嬢は、私が座っていた少しは中央よりの舞台がみやすい席に移動して鑑賞できたことだろう。そして後ろの英国人カップルは、「前に座って居眠りしていた東洋人たち、内容がわからないから帰っちゃったよ」と嘲笑していたに違いない。
この世で二度と会わないであろう彼らが何を噂しようが関係ない。私たちは今宵のディナーにありつけるレストラン発見に向けソーホーの暗闇に消えていったのである。

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