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第22話 サトウ家周辺の変貌 [ロンドン]

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プリムローズヒルを出てリージェンツパークロード沿いを歩く。通りに出るとすぐにパブがあったことを覚えていたが、そのパブはいまだ健在だった。でもその隣辺りにはフィッシュアンドチップスの店や日本への小包を送った郵便局があったはずだが見つからない。郵便局といっても奥にカウンターがあって切手を販売したり小包の重量を測ったりするだけ、手前のスペースはお菓子や雑誌を売っている、いまでいうところのコンビニみたいなものだろうか。特定郵便局のようなものだから夫婦二人で運営していたようで半年この界隈で暮らした私も顔なじみになっていたものである。当時で50歳近かっただろうから、年老いて店も郵便局も閉じたのだろうか。フィッシュアンドチップス店もときたま利用した。プリムローズヒルでボーっとしたいときや、夜に何か満腹感が得られないとき、酒屋でCOLTとかいうオーストラリアの缶ビールを買い、新聞紙に包まれた山盛りのチップスを持ち帰り部屋でつまんだものである。しかしこの通り、30年前の静けさが嘘のように活気がある。昔は週一のペースで洗濯物を洗うために通ったコインランドリーや、食料品店、クリーニング屋、酒屋、中古車販売店がある程度だったが、今はカフェもどきの店も洒落たレストランまである。建物の色もレンガ色だけでなくブルーやイエローなどカラフルに塗装されている。二階の窓辺に美しい花を飾る店もある。何か通り全体が単なる住宅街にある商店群から、若い企業家やアーティストが集積するモダンな通りに変貌しているようだった。懐かしさと驚きからきょろきょろしながら歩いていると、さきほどプリムローズヒルにいた若いお父さんがベビーカーを押しながら前から歩いてくる。向こうもさっきの東洋人だとわかったのだろう笑顔で近づいてくる。ベビーカーには先ほどまで丘の上ではしゃいでいた女の子と男の子が秋の陽を受けながらもぐっすりと寝込んでいた。立ち止まった際に「これ、さっき撮ったお嬢さんの写真です」とみせてあげたかったがそれはできない相談。「おきろー!」と大声で叫んでやろうかとも思ったが、「疲れたみたいですね」と一言だけいい残し、パパと子供たちに笑顔を残してその場を去った。
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酒屋の角を曲がってリージェンツパークロードに別れを告げるとチャルコットスクエアという半円形の通りに入る。その中間点でぶつかる通りがサトウさんの住むチャルコットロードである。全長200メートルほどだろうかまっすぐに伸びたチャルコットロードとチャルコットスクエアの間には、小さな公園があり、直接車で出入りすることはできない。つまりチャルコットロードの片側は行き止まりのため、車の通りはほとんどない。幅10メートル以上はある道路の両側には住人の所有する車がぎっしりと駐車していた。かつては道路に平行して、つまり縦列で駐車していたが、車の台数が増えたのだろう、今は道路に対して斜めに車が停められている。住人以外の車が往来することはほとんどないのだから、中央に車が1台通れるスペースさえ確保していればいいのだろう。帰国後知ったことだが、チャルコットスクエアに面する住居の価格は、ロンドンで一番高いといわれており、半地下1階地上3階建ての19世紀に立てられた長屋形式の住居で、5億円するとのことだった。確かにサトウさんたちが住むチャルコットロードに面する家よりも、チャルコットスクエアに面する建物の方が、重厚感があったようにも思える。多分潜在意識がそう思わせるのだろうが。

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第21話 プリムローズヒルの親子 [ロンドン]

昔は丘の上にはベンチが1,2個、舗道沿いにあるだけだったが、今はかんたんな見晴らし台のようなものができ、そこにいくつかのベンチが配されていた。当然今日もそのベンチは若いカップルや老人夫婦で埋まっている。周囲の芝生では子供連れの家族が遊んでいた。そんな光景を見た後、私は立ち止まり後ろを振り返った。抜けるような青空ではないが、ロンドンらしい青空の下にはポストオフィスタワーが見えた。昔はなかったビルもいくつか見えるがロンドンらしく空気が霞んでいるせいかセントポール寺院やロンドンアイは確認できない。それでも私は感動していた。ついに帰ってきたという気持ちである。大きく深呼吸をする。恋焦がれていたロンドンの空気で私の肺は占拠された。
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奥さんは若いお父さんにとともに公園にきていた2,3歳の女の子にカメラを向けている。お父さんは奥さんがカメラを向けても何もいわない。実際滞在中、ロンドンの別の場所で子供の遊んでいる乗り物のおもちゃがユニークなのでカメラを向けると遠くから「ノーカメラ!」と叫ぶ親に遭遇したことがある。お前は何者か、有名人か、だいたい貴様の子を撮っていたのではない。貴様のガキの持っている乗り物に興味があるだけだ。といいたかったがやめたことがある。その親に比べれば大きな気持ちをもった立派なお父さんである。女の子の弟と思われる子はベビーカーに座り活発なお姉ちゃんを見てベビーカーが揺れるぐらい大笑いしていた。お父さんはベビーカーがひっくり返らないようにおさえながら、女の子の動きも追わなければならない。もしかすると「ノーカメラ」などといっている余裕がないのかもしれない。突如女の子が丘をかけおりだしたらどのように対処するのだろうか。しかし気になるのはこのお父さんの連れ合い、つまり奥さんは何をしているのだろう。善意に解釈すれば「ランチを作っている間、お散歩にいってらっしゃい」といわれたのだろうか。悪意に考えれば「日曜日ぐらい子供の面倒みてちょうだい」と家を追い出されたのだろうか。人がよさそうだし気があまり強くなさそうなお父さんだから後者かもしれない。
女の子はカメラを向ける見慣れぬ東洋人の奥さんの前でも臆することなくポーズをとったり、奇声を発してカメラの前を行ったりきたりしている。私も奥さんも、そして若いお父さんも気づいていたようだが、女の子の動き回る芝生に明らかに糞と思えるこげ茶色の物体が転がっていた。幸い女の子がそれを踏みつけることはなかった。でも一瞬女の子の足元がもつれ芝生上に仰向けに倒れこんだのである。しばし時が止まり、次の瞬間女の子は泣き叫びだした。お父さんがあわててかけより抱き起こす。女の子が倒れこんだ数センチ横には糞があった。彼女は運をつけそこなったのかもしれない。
せっかくポーズまでとってくれたのに、丘をくだりながら奥さんのデジカメを確認すると女の子の映像はまったく写っていなかった。かつてのフィルムカメラのように帰国後現像して初めて写っていないことを知るのと、いい写真が撮れたと思って直後に確認すると写っていないことがわかるのと、どちらのショックが大きいだろうか。私たちは丘をおりて公園の出入口近くのベンチに腰掛けしばし時間調整をした。目の前にあるプリムローズヒルの丘の上に今度はいつ立つことができるだろうか、目の前を行き来する何匹もの犬に愛想をふりつつ私は考えていた。

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