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第78話 無数の高級ワインに驚愕 [ニュイサンジョルジュ]

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オフィス棟の廊下を抜けて通用口に向かう階段を下る。またしても灯りを点けたり消したりしながら。この階段を上り下りするのも3回目なので、ようやく事務所内の見取り図が頭の中で描けるようにはなった。階段をおりきって左に行けば通用口というところ。ここでフェブレイさんは右方向に進路を変える。私たちにとっては未踏未知の領域に入るのだ。小さなドアをあけて急な階段を下りる。冷たい空気を感じる。また次のドアをあけてフェブレイさんがスイッチを押す。するとその先には数え切れないほどの莫大な数のワインボトルが見えた。熟成を続けるワインたちである。
ここには木樽はないようでボトル詰めされたワインをさらに地下でさらに熟成させているようだ。ボトルがあるのは正面の通路だけではない。左右の通路両側の棚にも整然とボトルが山積み状態。中には鉄格子でガードされた棚の中に積まれたワインボトルもある。エチケット(ラベル)は貼られていないため黒っぽいボトルの上には埃が積もって白くなっている。その数何十万本、いや百万本に達するかもしれない。フェブレイさんの後に続いてひんやりとしたカーブ内を移動する。深い眠りについているワインをおこしてはいけない。足音も立てず、話す声もいつのまにか小声になっていることに気づいた。
私は歩をとめて左右に積まれたボトルの棚にぶら下がった札をした。1980年代のChambertin Clos de Beze, Mazis Chambertin, Latriciere Chambertin, Musigny, Echezeaux, Clos de Vougeot, Corton Clos des Corton Faiveley, Corton Charlemagne, Pommard等等、どれもここ何年も私の口に入ったことのない、日本のレストランで飲んだら福沢諭吉が何人か逃げていくほどの高級ワインばかりである。もちろん私が生まれる前からここに眠っているワインもかなりの数量あったはずだ。2,3本ズボンの中に隠し持っていきたい衝動にかられる。
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カーブの内部の床は土、天井や壁はレンガのようだ。さきほどの木樽がならんだ酒倉より天井は低い。大柄なフェブレイさんが心なしか猫背で歩いているように見える。そこに一定感覚で電灯がぶらさがっているだけ。この上にも建物があるはず。地震がきたら一生発見されることはないだろう。高級ワイン漬で死ねるのだから喜ぶべきかもしれない。ただしボトルの破片が刺さって痛そうだが。できれば地震にはさきほどの木樽の並んだ酒倉で遭遇したい。フェブレイさんはさらに奥へ奥へと進む。ここで灯りを消されたら、地震がこなくても私たちは二度と太陽の姿をみることはないに違いない。フェブレイさんはまるで樹海の案内人である。さきほどの木樽ばかりの酒倉といいこの酒倉といい、いったいどれだけの広さがあるのか。ふたつのカーブに眠るワインの日本における末端価格はいかほどか。尋ねたとしてもフェブレイさんすら把握していないに違いない。

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第77話 フェブレイ邸に定住者なし [ニュイサンジョルジュ]

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オフィス棟の入口左手にフェブレイ邸があった。といっても今のご主人はフェブレイさんではない。フェブレイさん夫妻はレマン湖近くに移住している。エルワンが定住しているのかと思えばそうでもないらしい。エルワンは5年近く付き合っている彼女と、村の別のアパルトメントに暮らしているという。ならば娘さん?しかし彼女もスペイン国王に似たフランス人と同棲しているとか。つまり現在はフェブレイさんがニュイサンジョルジュに戻ってきた時に利用しているだけのようだ。せいぜい年に3,4回。日数にしたら30日もないに違いない。私たち家族が移住してきても良いのだが。
フェブレイさんは私たちを奥さんに会わせたかったようだが、どこかに外出していていまだ帰宅していないようなのでオフィス棟に入った。オフィス棟の正面玄関から入るのは初めて。先ほどは裏の通用口からお邪魔してしまったようだ。正面ドアをあけるとちゃんと受付があり、カウンターの向こうには受付嬢というか受付おばさんがいて帰り支度をしているようだった。フェブレイさんは彼女に奥さんの所在をたずねたようだが、彼女も知らないようである。受付横の木製階段を登ると、歴代フェブレイ社当主の肖像画が並ぶ先ほどの廊下にでた。廊下の左右にある各部署を訪れ私たちを紹介する。海外取引先との窓口となるセクションにも立ち寄ったが、私の知る人はもう誰もいない。ボアゾンという輸出部長も来日したことがあり、そのときも私が鎌倉を案内し小さな我が家にも立ち寄った。長男がまだ赤ん坊のときのことだ。骸骨のような形相の彼をみて長男が泣き出さないか心配だったが、ディズニーランドのアトラクションにでも入り込んだと錯覚したのか笑顔を見せてくれて安心した記憶がある。
私はフェブレイさん同様、そのボアソンにも毎年誕生日とクリスマスにカードを送っていた。しかし私よりも4,5歳年上だった彼。エルワンが引き継いで間もなく、若返り策の一環として退職を余儀なくされたそうである。今はロアールのワイン会社で働いているときいたことがあるが定かではない。
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