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第82話 鳩の活き造り [ニュイサンジョルジュ]

店主がフェブレイさんにワインリストを手渡す。はたしてフェブレイさんは何を私たちに振舞ってくれるのか。地域柄、ボルドーのグランクリュクラスということはあるまい。ロマネコンティもありえないし、ちいとランクを下げてエシェゾウクラス?それだってかなりのハイレベルだが。それが無理でもブルゴーニュのグランクリュ、Cortonクラスがでてくるのか。私の期待は膨らむ。しかしフェブレイさんが選択したワインは店の内装同様シンプルだが、納得させる銘柄だった。料理はすでにコースメニューとして予約時に伝えてあったようで、私たちはオードブルからデザートにいたるまで、そのつど、何を、どちらをチョイスするかを尋ねられた。
ワインの選択を終え、各自オードブルをチョイスして店主がテーブルを去ると、私の正面に座るフェブレイさんが私の隣に座るアンさんの手をとり、手の甲にキスをした。それが何を意味するのかわからないが、その雰囲気から察するに単なる日頃の感謝の意味であったとは思えない。なぜならキスされたアンさんはちっとも嬉しそうではなかったし、キスした後のフェブレイさんの顔も少しばかり硬直しているように見受けられたからである。これからテーブルに登場する本場のフランス料理の数々を想像して、性格異常者のように虚ろな目をしている私の奥さんはごまかせても、警察犬のような嗅覚と洞察力を備えた私をごまかすことはできない。「何のまね。こんなことで許されると思ってんの。この図々しい東洋人たちが一緒にいるときに誤るなんてどこまで卑怯なのあんたって人は」てなことをアンさんはいっていたのかもしれない。私が「今のキスは何?夫婦でディナーに行ったときの儀式?」と尋ねればよかったのだろうか。
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結局その晩、飲んだワインは赤白1本ずつ。白はBouzeron、日本では私たちがかつて勤めていた会社で輸入しているので、何度か我が家でも飲んだことがある。ロマネコンティの経営者夫妻が手がけた白ワインとして高い評価を受けているワインである。お料理はバターをいっぱい使ってまっせというこってり感はまるでない。ソースも含めどれも私好みのシンプルな味わいだった。和食器を連想させるお皿に美しく盛り付けられた料理を私たちは何ひとつ残すことなく食べつくした。もちろんカラフルなデザートまで。その夜に食した中で、私も奥さんも生まれて初めて口にするものがあった。ピジョン、鳩である。メイン料理の段になり、私たちは鳩かビーフかをチョイスすることになった。ビーフにも心は動かされたが、フェブレイさんの推薦もあり、せっかくの機会なので鳩を選択したのである。テーブルに運ばれてきたのは鳩の活き造りだった。皿の上に嘴を動かし助けを求めている断末魔の土鳩がいた。というのは真っ赤な嘘だ。ローストされた鳩は原型をとどめていない。でもよくみると表面に鳥肌がたっており、それが鳥であるということは判別できる。食感はチキンだ。もっとパサツイテいるのかと想像していたが、まさしく鳥である。鳩だから鳥なのだ。当たり前である。
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第81話 静かなニュサンジョルジュの夜の街 [ニュイサンジョルジュ]

フェブレイさんが迎えにきてくれるまでの間、私はシャワーを浴び、奥さんは落ち着かないぐらい広いリビングのソファーでしばし仮眠をとった。
7時半ごろフェブレイ夫妻に連れられてダウンタウンのレストランへ徒歩で出発した。すでに太陽は沈み闇夜である。村にはほとんど人が歩いていない。昼間も誰も歩いていないのだから当たり前かもしれない。ダウンタウン、村の商店街に入ると少なからず人は歩いていた。数少ない村のレストランに向かう人たちだろう。商店街に入るとすぐにパン屋さんがあった。アンさんがここのパンはおいしいから明日の朝届けてあげるといってくれた。その他にも色とりどりのパッケージに納まったチョコレートが並ぶスイーツショップ、洋食器屋さんやみやげ物屋さんらしき店もある。しかし、当然すべての店はすでにクローズ。いくつかの店舗がショーウインドウの照明を点けて、「明日いらっしゃい」と誘っているようだった。明日の日中、店の開いている時代に一度訪れてみる価値はありそうである。
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予約してくれたレストランは商店街に入って2,3分のところにある“ル・カボット”という店。ニュイサンジョルジュのみならずブルゴーニュ地域全体でも最近評価の高まっているお店とのこと。実際、帰国後日本で購入したフランスを特集した雑誌にもそのレストランは紹介されていた。
座席数は30もないかもしれない。5,6卓がそこそこのスペースを確保しながら配されている。雰囲気も超一流といわれる、真っ白なテーブルクロスに皺ひとつみつけることすら困難な格式ばったフランス料理店とはおおいに異なる。現代風の、といっても日本の著名な空間デザイナーが好むような奇をてらった作りではなく、いたってシンプルで落ち着く店だった。若い店主が今夜ディナーを楽しむテーブルまで誘導する。案内されたテーブルにくるとフェブレイさんは直ぐに座らず私たちを立たせたまま何か考え込んでいる様子。座る位置で思案しているようだった。「まあ適当に」という座り方は日本からきた賓客に対して失礼にあたるということなのだろうか。壁を背にしてフェブレイさんと私の奥さんがならんで座り、その反対側に私はフェブレイさんと、アンさんは私の奥さんと対面するよう座るよう指示される。ゲスト夫婦が並んですわるのではなく、このように交互に対面して座ることが正式らしい。
当然店主とフェブレイさんは顔なじみのようで、席につくと何か早口のフランス語で話しはじめた。「久しぶりデンナあー、フェブレイはん。お仕事でっか、こちらにはいつ戻ってキハったん」「いやスイスでのんびりしてたかったんだけどさあ。こいつら、アジアの外れ、日本、知ってる、日本?中国より向こうの国、ちっちゃい国よ、あそこから呼びもしないのにくるっていうんで。しょうがないから、嫌がる奥さんつれて、わざわざ俺もスイスからでてきたんだわさ。生魚食うような味なんてわかんない野蛮な連中だから昨日の残りもんのいいとこみつくろってだしといてよ」「がってん承知のすけ」といったかいわないかは不明だが、しばし親しげに話していた。

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