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第36話 オートマチックはありません [ロンドン]

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ここはロンドン市内の中心地。マウイのハーツ事務所のように広大なスペースなど確保できない。だから事務所も小さく、通常のゴールドカードメンバーズのサービスは受けられないことは承知していた。すぐに車に乗りたければヒースロー空港の事務所にすればよかったが、ホテルからヒースローに向かったのではタクシー代が馬鹿馬鹿しい。だから少しの間、朝のラッシュ時のロンドン市内を運転しなくてはならないという危険を冒してまで、この事務所で借りることにしたのである。
カウンターの向こうに座る決して愛想が良いとはいえないレディーに私は予約確認書を渡した。彼女はコンピュータ画面と睨めっこしつつキーを何度かたたく。私はオートマチックのコンパクトカーを予約していた。マニュアルシフトの車ならかなり料金も安かったが、日本と同じ左側通行とはいえ、外国、それもラウンドアバウトなる臆病者は一生ぐるぐる回っていなければならないような交差点が存在する英国をマニュアル車で走破することは無謀と考えオートマチックにしていたのだ。もっとも後日訪れるフランスではオートマ車が極端に少なく、やむなくマニュアル車で予約したのだが。
彼女が突如私に質問してきた。「独身ですか」などと尋ねるわけもない。奥さんが横に座っているのだから。彼女は「マニュアル車を運転できますか」ときいてきのだ。私は思わず「はい」と答えてしまった。嘘ではない。ここ数年運転した記憶はないが私が免許を取得した頃はオートマチックの方が珍しかったぐらいである。「だけど契約書にも記されているとおり、私はオートマチック車を予約しているんだけど」というと彼女はショッキングなことをいった。「それはわかっています。でもここにマニュアル車はありません。ヒースロー空港ならならあります」というのである。お話にならない。何ヶ月も前に日本で予約した意味がない。「冗談じゃない、ここに今日、オートマ車を借りる人がくることはわかっているのだから前日にオートマ車をここに配車しておくべきではないか。いったい貴社のサービスはどうなっているのか。責任者を出しなさい」日本なら私は当然そのように文句をいったであろう。しかしここは欧州、イングランドである。サービスを論じても馬の耳にピアス、糠にドリルであろう。それに言葉の問題もある。あまりに暴言を吐いて名誉毀損で逆に訴えられてもことである。私はフランスでの予行演習と考えマニュアル車を借りることにした。出費もおさえられるし。

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第35話 営業開始前のレンタカーオフィス [ロンドン]

滞在4日目。ロンドンに3泊した私たちはレンタカーでコッツウオルズへ向かう。日本でハーツのレンタカーを予約しており、さらにゴールドカードメンバーなので現地での手続きも簡単なはずだった。前年社用でマウイに行った際には、空港近くのハーツ事務所に行くと電光掲示板に私の名前とともに、借りる車の駐車スペースの番号が提示されており、その場所に行って荷物をトランクに収納すればすぐに目的地に向かって出発できたのである。事務所によって署名したりする必要もないのだ。ハーツゴールドカードメンバーズの謳い文句は、「エアコンを効かせて貴方の車は待機しています」だったが、さすがエコの時代、車に乗り込んでも車内は冷えてはおらず、しばらくは窓を全開で走ったのだが。ロンドン市内のハーツ事務所はマーブルアーチのほど近くにある。ホテルから歩いていけない距離ではないが、大きなスーツケースを転がしていく気もしないのでタクシーを拾った。
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思えばロンドンタクシーには今回の旅行では二度しか乗っていないことになる。あとは地下鉄とバスと徒歩で通したわけだ。至近距離ではあったがドライバーは、余計な回り道をすることもなく最短距離で目的地に私たちを輸送してくれた。車は8時に借り受けることになっていたが数分前に事務所前に到着。案の定、中に灯りはついているが正面のドアには鍵がしまっている。私たちはスーツケースを事務所前に置き、オープンを待った。8時少し前、中でスタッフが動き出し、正面玄関付近のプランターなどを移動しはじめた。私たちの存在に当然気づいただろうが鍵を開けようとはしない。接客は8時からと労働契約書に記されているのだろう。ハーツの事務所の位置、またそこからどうやってM4というコッツウオルズへつながる高速にのればいいのか、その経路は日本にいる間に何度もグーグルの地図と航空写真で確認済み。私はオープンを待つ間ずっと、車はどこにおいてあり、どこからこの通りに出るのだろう、そしてその後どうやってM4に合流するべきなのかと必死にシミュレートしていた。8時になると内側のロックが外され私たちは中に入る。お待たせいたしましたのひとこともない。朝の挨拶だけである。挨拶があるだけましかと私は自分を納得させた。

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