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第91話 別れの朝 家庭の事情 [ニュイサンジョルジュ]

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フェブレイさんが用意してくれていた冷蔵庫の中のストックを有意義に使わせていただいた朝食をとり、飛ぶ鳥、後は構わずではなく後を濁さずの訓えに従い室内やキッチン周りの清掃・片付けを終えた私たちはスーツケースをオペルに積み込みフェブレイさん宅に向かった。出発前の10時頃伺いますと前日伝えておいたのでご夫妻とも自宅にいるはずである。
チャイムをならすと半そでポロシャツ姿のフェブレイさんがでてきた。朝食をふるまってくれるわけではないだろうが自宅内に招きいれられる。リビングには奥さんと若いお嬢さんがいた。リビングに面した大きなガラス戸の外には芝生が地平線まで広がる庭がある。そしてなんと水色に輝くプールまで。日本だけの商売でこの家を建てたわけではなかろうが、ワイン商売はそんなに儲かるのだろうか。お嬢さんはソファーに浅くすわり、その前の低いテーブルに置かれたパソコンを打ちにくそうに操作している。てっきりフェブレイさんのご長女かと思って挨拶したのだが、フェブレイさんの次男坊エルワン、つまり現社長のフィアンセだという。二人が5年以上つきあっており、この近くのアパルトメントを借りて長い同棲生活をおくっていることは前々日のディナーの席できかされていた。エルワンはいないのに実家にあがりこむとは、5年も経過すると結婚せずとも家族のようなものなのだろう。しかしこれだけの邸宅がありながらエルワンがなぜアパルトメントを借りる必要があるのだろうか。フェブレイご夫妻はスイスのレマン湖を望む地に居を構え通常はそちらで暮らしている。この邸宅には普段は住人がいないのだ。次男坊とフィアンセが住みついても何の不思議もないのだが。そこが日本人との違い、独立心が強いということなのか。それとも同じくこの村でスペイン系の顔をしているボーイフレンドと同棲中の姉の存在に遠慮しているのか、ジャーナリストとしてパリで生活している兄上がいつ帰ってくるかわからないので、ここでは安心して生活できないというのだろうか。まあ私たちが心配することではないのだが。フェブレイご夫妻が不在の間は管理人として私たちが住むことを提案してもいいかもしれない。
遠方からの客が別れの挨拶にきているのにフィアンセはパソコンに向かって何をしているのか思っていたら、パリのレストランの場所を探していると奥さんがいった。エッフェル塔が正面に見える素晴らしいレストランで食事しなさいと先日提案したことを奥さんは覚えていたのである。そのレストランのサイトに辿りつき電話番号と住所を私たちが日本から持っていたガイドブックにメモしてくれた。そしてガイドブックに添付された地図上にその目印も記してくれたのである。さすがに私の名前でツケにして飲んで食べてちょうだいとはいわれはしなかったが有り難いことである。
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第90話 夜の訪問者 誰かが部屋に? [ニュイサンジョルジュ]

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豪華なディナーを終え、奥さんは広いキッチンで食器洗いをしている。私はリビングのソファーに腰掛け何をするでもなく天井を眺めていた。VIPアパルトメントのリビングは広く天井が高い。でもホテルのように大型のテレビが設置されているわけではない。アパルトメントの横にある道路を走る車のエンジン音が窓を通して聴こえてくることもない。日中だって通行量は少ないし、夜は皆無に近い裏道だから。ただただ静かなブルゴーニュの夜、時が過ぎていくことを感じるしかない。これが人間本来の夜の過ごし方だと私は思った。
キッチンからの水の音、食器同士が触れる音を聴きながらうつらうつらしていると、背後のドアがキーという音を立てて開いた気がした。鍵はかけたはずである。でも開錠せずともひと蹴りすれば容易に開きそうなドアであることはわかっていた。リビングに冷たい風が吹き向ける。フェブレイさんでも訪れてきたのかと振り返った。しかしドアの前には誰もいない。ドアも開いていなかった。キッチンから洗い物を終え、コーヒーカップを手にリビングにやってきた奥さんにその話をすると気味が悪いという。いわれて見れば確かにそうだ。ドアも開いていないのに風が通るわけもない。ドアの隙間から入るなら終始風が抜けていなければならない。
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私は直感した。きっと先代のフェブレイさん、私の良く知って入るフランソア・フェブレイさんの父君ギイ・フェブレイさんが私たちを表敬訪問してくれたに違いないと。父君は数年前に他界している。はるばる日本からやってきた私たちに挨拶にきてくれたのだろう。もしかすると父上はその夜ずっと私たちの部屋に滞在し、昔のニュイサンジョルジュの様子や、若かりし頃の息子の失敗談などいろいろな話をしてくれていたのかもしれない。私たちがフランス語による先代の話を理解できず子守歌代わりにして深い眠りについただけで。

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